ごまのはぐさのこまごまことのは

身近な野草についてあれこれと・・・。 日本の山野草を種子から育ててみませんか?

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

みちのくふくじゅそう みちのく福寿草 キンポウゲ科

 木曽路は全て山の中、そのさらに奥深い山の奥、御嶽の麓の山里では、4月に入ってようやく梅の花がほころび始めます。そして待ちかねたようにミチノクフクジュソウが一斉に芽吹き、あちこちの日溜りで山吹色に輝く花弁を広げ始めます。

4月初旬芽出しの頃

 御嶽の里では、畑の畦、河原の土手、民家の軒先、梅林の下・・・といたる所で見られその数もおびただしく、小高い丘が埋め尽くされて黄金色に輝いて見えることもあります。あまりにも数が多いので、最初タンポポが群生しているのだと思い込んで気付かず通り過ぎるほどでした。
 タンポポと勘違いしたのには、もう一つ理由があります。私はフクジュソウというのは林床に咲く花だという思い込みがあったのに、木曽では草はらや土手にばかり生えていたのです。実はこれは、木曽のフクジュソウが、正確にはミチノクフクジュソウという独立した種で、フクジュソウが林庄に適応しているのに対して、ミチノクフクジュソウはもう少し明るい、林縁や草はらを好むためのことでした。(両種の具体的な比較に関しては、近く別項を設けさせていただきます。)

 梅林や民家近くに多いのは、縁起のよい植物として、人の手によって植え広げられたのだろうと地元の方に伺うと、返ってきた答えは私の予想を超えるものでした。
 複数の方からの聞き取りでは、元々は御嶽には自生がなかったというのです。80~60年ほど昔に誰かが里に持ち込んで、その後現在に至るまでの間に広大な御嶽の麓の村々に、にわかに広がったのだというのです。
 繁栄の直接的な要因としては人為的な移植と、アリによる種子の伝播が考えられます。しかしそれ以上に重要なのは、冷涼な気候と、路傍・草はらの適度な管理が現在までなされてきたことでしょう。日本のような湿潤な気候では、人間による草刈などの干渉が行われないと路傍や草はらは瞬く間に樹木や藪が覆ってしまい、フクジュソウのような小さな草は住めなくなってしまうからです。加えて通常草刈が行われない早春に芽生えて初夏までに姿を消す生活サイクルが有利に働くのだと考えられます。そして何よりこの美しい植物を守り育てたいと願う人間の心が、フクジュソウの繁栄を支えてきたのだと思います。

 国内のこととはいえ、本来自生がなかったものが定着蔓延することは、問題なしとは言えませんが、フクジュソウの存在が人々の自然への意識を高め、フクジュソウを守るための土地管理が結果として同じ環境に生きるイチリンソウやヤマエンゴサク等の在来野草をも守る結果となっている点も見逃せません。

 ところでこのミチノクフクジュソウはフクジュソウとの関係で、興味深い分布例が見られます。互いの自生地が連続的でなく、一部が飛び地的に見られるのです。ミチノクフクジュソウは木曽の他に北陸では福井県に孤立して大規模な自生地があるのですが、あるいはこれも人間による持ち込みの可能性もあるのではないでしょうか?あるいは木曽の株が福井から持ち込まれたものかも知れません。
 実際がどうであれ、フクジュソウについて考えることは、人間と自然が対立・共生を超えて密接な関係を結びながら共に歩んできたこの国の歴史を考える端緒にはなると思います。

 先日(4月23日)訪れた御嶽の路傍でも、ミチノクフクジュソウの花が日に照らされていっぱいに花弁を広げていました。一輪の花の中でハナアブがじっと佇んでいるのを見つけました。うららかな日差しを浴びてうつらうつらと春眠を楽しんでいるようでした。

article293[1].jpg

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://gomanohagusa.blog10.fc2.com/tb.php/210-390b1c62
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

まとめ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。