ごまのはぐさのこまごまことのは

身近な野草についてあれこれと・・・。 日本の山野草を種子から育ててみませんか?

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タイマグラの夢

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 『タイマグラばあちゃん』を見てきました。


 タイマグラは早池峰山の麓の小さな開拓地。水は豊かだが気温が低く夏の日差しは弱い。開拓民は身を切るような早池峰颪を避けるため、畑より先に防風林を植林することから始めた。しかし米は育たず畑で作れるのはジャガイモや大豆、少しの野菜。雄大な自然の懐に抱かれてというと聞こえがいいが、人が暮らすには厳しく貧しい土地。そんなところに二人きりで暮らしてきたお爺ちゃんとお婆ちゃんのつましい生活。

 とにかく働き者で、寡黙で朗らかな老夫婦の口からときおり漏れるつぶやき。
「人生で最も力が満ちておったのは、五十・六十の頃。若い頃は力はあったが闇雲で使えこなせなかった。五十・六十になってようやく力の使い方を覚え精力が満ちみちておった」
「ここは極楽だ。起きたいときに起き、寝たいときに寝る。食いたいときに食って、飲みたいときに飲む。みんな思う通り。極楽だぁ」
「動物や山の生き物の土地に我等が勝手に入り込んで迷惑をかけている。畑を荒らしたと怒るわけにはいかん。荒らしているのはこっちのほうだから」
「どんな小さな芋でも食ってやらねば芋がかわいそうだ」
「辛夷の花がきれいに咲けば、その年は豊作。去年は花が寂しくて不作だったが、そんな年ばかりでない。きっと今年は沢山咲くよ」
「味噌は生き物だ。雨が降れば樽の中で水を出し、晴れれば膨れてくる。婆が死んでも味噌は生きておるよ」

 タイマグラ婆ちゃんは死んだが、婆ちゃんの作り続けてきた味噌は、大阪から移り住んだ若者に引き継がれ、今も生き続けている。
 婆ちやんが亡くなったのは2000年のこと。昔話ではなく、現在の物語である。
「寝て夢を見ても、タイマグラの夢をいつも見る」
と語った婆ちゃんは、今の都会のことも世の中のことも知っていた。しかし婆ちゃんは山でタイマグラ婆として生きることを選んだ。過去の人間ではなく、現代の人間として、自らの人生を生きたのだ。

 来る日も来る日も忙しく働いて、食べるものは毎日同じ粗末な芋団子汁。でもいつもよく働いて、腹一杯食べる婆ちゃんは、丸々ふくよかで肌もつやつや。縄文のヴィーナスは、きっとこんなお婆さんがモデルになったのだろう。

 大阪十三第七藝術劇場で3月18日まで上映中

 ぽんさんの素敵なお庭には6mになる立派な辛夷の木が植わっているそうです。美しい画像とスケッチを是非ご覧ください。今年はきれいに沢山咲くでしょうか?
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